Palantirをめぐる論争の本質は、「この会社は危険か」という単純な企業評価ではない。より重要なのは、Palantirが、AI時代における国家・資本・監視・軍事の結びつきを、驚くほど率直な政治思想として言語化してしまった点である。
22項目のマニフェストが語ったこと
2026年4月18日、Palantirは『The Technological Republic』の要約として22項目の文章 ↗を公開した。そこでは、シリコンバレーの技術者には国家防衛に参加する義務がある、民主社会が生き残るにはソフトパワーだけでなくハードパワーが必要であり、そのハードパワーはソフトウェアによって構築される、AI兵器は作られるかどうかではなく「誰が何のために作るか」が問題である、と主張されている。さらに、国民奉仕の普遍的義務、ドイツと日本の戦後的な軍事的抑制の見直し、暴力犯罪へのシリコンバレーの関与、空虚な多元主義への抵抗まで掲げられている。これは通常の企業広報ではない。国家のあり方、軍事のあり方、市民の義務、文化の序列まで含む政治綱領である。
PalantirのCEOアレックス・カープとニコラス・ザミスカによる『The Technological Republic』の公式説明 ↗も、この方向性を隠していない。同書は、米国と同盟国が優位を保ち自由を守るためには、ソフトウェア産業がAI軍拡競争を含む「最も緊急な課題」に再び関与すべきだと位置づけている。つまり、Palantirの主張は「良いソフトウェアを売る」ではなく、「テック産業は国家安全保障の中核に戻るべきだ」というものだ。
新自由主義とは違う秩序 — techlordismという見立て
ここで見えるのは、新自由主義とは異なる支配原理である。新自由主義は、市場の自律性を正当化し、金融資本の自由を守るイデオロギーだった。市場が資源配分を最適化する、国家は邪魔をするな、という建前が中心にあった。しかしPalantirの言葉は、市場万能論ではない。むしろ「無料メールや消費者向けアプリでは足りない」「市場が動かなかった領域に介入する者を称賛せよ」「国家防衛にソフトウェアを動員せよ」という発想である。ここでは、市場ではなく、国家安全保障とAIシステムが正統性の源泉になる。
ヤニス・バルファキスがこの記事 ↗で「techlordism」と呼んでいるのは、この転換である。彼は、金融資本の時代には新自由主義が必要だったように、クラウド資本の時代にはテック領主の支配を正当化する新しいイデオロギーが必要になる、と論じる。彼の言うクラウド資本とは、単なるサーバーやソフトウェアではなく、人間の行動を観測し、誘導し、制度の内部に入り込み、そこから地代を取るネットワーク化されたアルゴリズム装置である。この記事では、それが人間の営み、国家機関、金融市場を「植民地化」する思想として描かれている。
政府顧客74%という収益構造
Palantirが象徴的なのは、思想とビジネスモデルが一致しているからだ。同社の2025年Form 10-K ↗によれば、2025年の売上45億ドルのうち54%が政府顧客から、74%が米国顧客からの売上だった。つまりPalantirは、抽象的に国家を語っているだけではない。国家を主要顧客とし、公共機関・軍・行政の中枢業務に入り込むことで成長している企業である。
軍事 — 100億ドル契約とMaven
その結びつきは、国防領域で最も露骨に表れる。米陸軍は2025年7月、Palantirに対して最大100億ドル規模、最長10年のエンタープライズ契約 ↗を与えた。この契約は75の既存契約を単一の枠組みに統合し、兵士がデータ統合、分析、AIツールへ迅速にアクセスできるようにするものだと説明されている。さらに米国防当局は2024年、Maven Smart Systemのプロトタイプに4億8000万ドルの契約を与えた。ロイターは2026年3月、PalantirのMaven AIシステムが米軍全体で長期利用される「program of record」になる見込みであり、戦場データを分析して標的識別を支援する指揮統制ソフトウェアだと報じた。
これは「AIを軍事に使うか」という一般論ではない。戦場における観測、統合、識別、優先順位づけ、意思決定支援を、Palantir型のデータ基盤が担うという話である。Palantir自身のMavenに関する説明 ↗でも、NATO向けMaven Smart SystemはAIを用いたデータ統合・意思決定支援システムであり、衛星画像、ドローン任務、軍事計画、複数AIモデルの統合などに関わるものとして描かれている。
行政・医療・治安への広がり
同じ構造は、軍事だけでなく行政・医療・治安にも広がる。英国NHSは2023年、Palantir主導のコンソーシアムにFederated Data Platformの契約 ↗を与えた。契約額は7年間で3億3000万ポンド、最大240のNHS組織を対象にする。NHS側は、データはNHSの管理下にあり、PalantirはNHSデータを商業化したり、AIモデルの訓練に使ったりできないと説明している。これは重要な留保であり、NHS契約を単純に「民間企業による医療データの私物化」と断定するのは不正確である。しかし同時に、医療運営の中核的データ基盤がPalantirのFoundry上に構築され、Palantirがその既存プロダクトの知的財産権を保持することもNHSは明記している。
移民・治安領域では、より直接的に監視との接続が見える。WIREDは2025年、ICEがPalantirに3000万ドルを支払い、ImmigrationOSと呼ばれるシステムを構築させている ↗と報じた。このシステムは、移民ライフサイクル管理のための新しいプラットフォームであり、その中核機能の一つに、摘発対象の選定や優先順位づけを効率化する「Targeting and Enforcement Prioritization」が含まれるとされる。
英国では、ロンドン警視庁が犯罪捜査のインテリジェンス分析を自動化するためにPalantirのAI技術導入を検討している ↗とGuardianが報じた。記事によれば、PalantirはすでにNHSや英国国防省との契約を持ち、複数の警察組織でも利用が進んでいる。ここでも争点は、単なる業務効率化ではない。犯罪、医療、軍事、行政にまたがる高感度データの処理が、同じ企業群・同じデータ統合思想のもとで進むことの政治的意味である。
判断のOSを売る企業
この構造を一言で言えば、Palantirは「判断のOS」を売っている。戦場では標的を見つける。移民行政では摘発対象を優先順位づける。医療では患者・病床・待機リスト・業務フローを統合する。警察では犯罪インテリジェンスを自動化する。用途は違うが、基本構造は似ている。大量の断片的データを一つの運用画面に統合し、現場の判断を速くし、制度の内部にAIを埋め込む。
だからPalantirは、単なるソフトウェア企業ではなく、国家機能の再設計に関わる企業として読むべきである。しかも同社は、それを恥じていない。むしろ、シリコンバレーは国家防衛に参加すべきだ、ハードパワーはソフトウェアで作られる、AI兵器は避けられない、と公然と述べている。ここに、AI時代の新しい支配原理が露出している。
新しい支配原理が動く循環
その支配原理は、次のような循環で動く。
テック企業は、国家に対して「われわれのソフトウェアなしに安全保障は成立しない」と主張する。国家は、安全保障、医療、移民、警察、農業、金融監督などの公共領域で、データと予算を提供する。AIシステムは、判断の速度、統合性、作戦遂行能力を高める。すると、批判は「非効率」「安全保障への無理解」「空虚な多元主義」として処理されやすくなる。最後に、契約・データ・ノウハウ・制度依存が企業側に蓄積し、企業はさらに不可欠な存在になる。
ここでは、もはや市場が支配しているだけではない。国家も支配しているだけではない。国家の強制力、企業の収益モデル、監視のデータ基盤、軍事のAI意思決定が一つのインフラに接続される。その結節点にいる企業が、自らの役割を「国家を守るソフトウェア産業」として正当化する。Palantirが先に言語化したのは、この秩序である。
ただし、批評の温度差には注意する
注意すべき点もある。先に触れたバルファキスの記事 ↗は、Palantirの文書をそのまま中立的に要約したものではなく、Palantirの主張を最大限に悪意ある方向へ読み込む政治的批評である。たとえば、Palantirが公開文書で直接言っているのは、文化の優劣判断や「空虚な多元主義」批判であって、バルファキスが後半で展開する極端な人種主義的言い換えそのものではない。したがって、彼の文章は事実報道ではなく、強い諷刺を含む論説として読む必要がある。
しかし、だからといって批判の核心が消えるわけではない。Palantir自身の言葉だけを見ても、同社は市場原理の会社ではなく、国家目的・軍事AI・公共データ基盤・文化的価値判断を一体で語る企業である。さらに、その語りは同社の政府依存の収益構造、米軍との大型契約、NHSや警察・移民行政への展開と整合している。
Palantirが先に言語化してしまったもの
Palantirは、AI時代の国家・資本・監視・軍事の結節点として、次の支配原理を先に言語化してしまった。問題は、その言語が過激だからではない。むしろ逆である。すでに契約、制度、クラウド、データ、軍事調達の中に埋め込まれつつある現実を、企業自身があまりにも率直に語ってしまったことにある。