AIによって、ものを作る速度は確実に上がった。コードを書く、調べる、比較する、設計する、資料にまとめる。かつて時間のかかった作業が、かなり短い時間で進むようになっている。
ただし、ここには見落とされがちな逆説がある。作る速度が上がったからといって、完成する速度まで上がるわけではない。むしろ、作れることが増えたせいで、考えすぎ、調べすぎ、広げすぎて、結局何も完成しないことがある。
Kevin Lynagh の “Overthinking” を読んで
最近、Kevin Lynagh の Overthinking ↗ という記事を読んだ。内容は個人開発の反省に近いが、AI時代の開発や創作全般にかなり示唆がある。
筆者は、自分のプロジェクトには大きく二つの流れがあるという。一つは、そのまま作る場合だ。多少の手直しはあっても、当初の目的に沿って形になり、満足できる。もう一つは、先行事例を調べ始める場合。調べると、既存ツールや研究領域や周辺論点が見えてくる。すると、自分が作ろうとしていた小さなものが、急に大きな問題に見えてくる。
本当は、自分の作業を少し楽にする道具が欲しかっただけかもしれない。それなのに、既存ツールとの差分、拡張性、一般化、OSSとしての価値、将来の保守性まで考え始める。プロジェクトはどんどん賢そうな方向に膨らむ。完成からは遠ざかる。
特に印象的なのは、筆者が友人とキッチン用の棚を作った話だ。目的は、友人と木工を楽しみ、自分のキッチンに合う棚を作ることだった。だから、必要以上に一般化する必要はない。他人に使わせる必要もない。週末で作り切れれば、それでよい。
一方、構造的 diff ツールを調べたときは違った。もともとは、LLM が生成したコードを Emacs 上でもう少し見やすく確認したい、という小さな問題だった。ところが調べ始めると、構文木、意味的 diff、既存 OSS、研究論文、エディタ連携と、論点が一気に広がる。気づけば、本来の目的から離れていく。
AIは、不要な実装も速くする
この話は、AI時代の仕事そのものに当てはまる。
LLM は、可能性を広げるのが得意だ。代替案を出し、関連技術を挙げ、将来拡張を提案し、抽象化し、設計論点を列挙する。それ自体は有用である。だが、こちら側に明確な成功条件がないと、AIはプロジェクトを簡単に膨らませる。
AIは実装を速くする。だが、不要な実装も同じだけ速くする。調査も同様で、必要な調査が速くなれば、不要な調査も速くなる。設計を速くすれば、過剰設計も速くなる。
AIは生産性を高める道具であると同時に、スコープクリープを増幅する道具でもある。
ここで重要になるのは、「何ができるか」ではなく、今回はどこまでで十分か、を決める力である。
これは自分のための小さな道具なのか。他人にも使わせる必要があるのか。将来必要になるかもしれない機能を、今作る必要があるのか。調べることで前に進んでいるのか、それとも作らない理由を増やしているだけなのか。
この問いを持たないまま作り始めると、AI時代のプロジェクトは簡単に肥大化する。
企業のAI活用でも同じことが起きる
企業の現場でも構造は変わらない。最初は、特定業務を少し楽にするためのエージェントだったはずが、いつの間にか全社ナレッジ基盤、セマンティックレイヤー、権限管理、評価基盤、マルチエージェント構成、運用監視まで視野に入ってくる。それらはいずれ必要になるかもしれない。だが、最初の成功条件が「特定の判断を少し速くすること」だったなら、最初からすべてを背負う必要はない。
大きな構想が悪いわけではない。問題は、大きな構想によって、小さな完成が失われることだ。
広げる役割と、切る役割
AI時代には、構想を広げる能力より、構想を切る能力のほうが重要になる。
LLM は広げ続ける。人間の役割は、今回やらないことを決めることに移る。LLM が並べる選択肢を、ひとつに絞る。LLM が想定する将来要件を、いったん棚に置く。LLM が提案する一般化を、今のスコープに引き戻す。
この役割分担を間違えると、AIは創作を加速するのではなく、創作の前段階だけを肥大化させる。考えること自体は必要だ。調べることも必要だ。だが、考えた結果、作れる大きさまで削れなければ意味がない。調べた結果、最初の問題に戻ってこられなければ意味がない。
ただ棚が欲しいだけなのだ
ときには、ただ棚が欲しいだけなのだ。
自分のキッチンに合う棚。自分の仕事を少し楽にする道具。自分の違和感を解消する小さな実装。最初から、それをプロダクト化しなくていい。汎用化しなくていい。思想にしなくていい。基盤にしなくていい。
AIによって、作ること自体は簡単になった。だからこそ、作る前に膨らませすぎないことが効いてくる。
これからの生産性を分けるのは、AIを使ってどれだけ多くのことができるかではない。AIがいくらでも可能性を広げてくるなかで、どこまで作れば十分かを見切れるかである。
完成しない高度な構想より、完成した小さな道具のほうが現実を変える。AI時代の創作に必要なのは、もっと賢く考えることではない。十分に考えたうえで、馬鹿みたいに小さく作り始める勇気である。