大谷翔平に見る「コントロール可能性」の思想。
大谷翔平のインタビューを追っていると、「コントロールできること」と「できないこと」の間に、一貫した境界線が引かれている。自分の意思や行動によって変えられることと、自分一人では決められないことを混同しない。
2022年、トレードの可能性を問われた大谷は、今後数週間の自分の将来は、自分のコントロールの外にあると話した。翌2023年にも、トレード期限は自分ではコントロールできないため考えないとしたうえで、試合の中で自分が制御できることに集中するのが最優先であり、同時に最も難しいことだと語っている。2024年のAP通信のインタビューでは、自分がコントロールできることを行い、あとは後ろにいるチームメートを信頼するという趣旨の発言をしている。
これは「結果を気にしない」という態度ではない。むしろ、大きな結果を本気で目指す人ほど、結果そのものは直接操作できないことを理解している。
野球では、どれほどよいスイングをしても野手の正面に飛べばアウトになる。逆に、打ち損じた打球が偶然ヒットになることもある。仕事でも、十分に準備した提案が採用されないことがあれば、完成度の低い提案が別の事情で通ることもある。成果は、自分の行動だけでなく、他者の判断、環境、競争相手、タイミング、偶然といった複数の変数によって決まる。
成果を求めることと、成果を自分の意思だけで支配できると考えることは別である。
結果は目標であって、操作対象ではない
目標を三つの層に分けると、この違いが見えやすくなる。
- 結果目標:勝利、売上、評価、合格、昇進など、最終的に得たい結果
- パフォーマンス目標:打率、球速、タイム、完了率、品質指標など、自分の能力や行動との関係が比較的強い基準
- プロセス目標:フォーム、準備、判断、反復、集中、コミュニケーションなど、実行時に選べる行為
2022年に公表されたスポーツ領域のシステマティックレビューとメタ分析では、採用基準を満たした27研究を統合した結果、目標設定にはパフォーマンスを改善する効果が見られ、目標の種類ではプロセス目標の効果が最も大きかった。プロセス目標は自己効力感にも大きな効果を示した。一方で、心理面や生理面の多くの指標については研究間の証拠が足りず、結論を出せないとも報告されている。どの場面にも同じ目標設定が効くとまでは言えないが、結果だけでなくプロセスを目標に含める考え方には実証的な支えがある。
結果目標には方向を決める役割がある。しかし、日々の行動を直接導くのはプロセス目標である。
結果は目的地であり、プロセスはハンドルである。目的地だけを見続けても、車は曲がらない。
大谷の強さは、目標を小さくしていることではない。世界一や優勝という大きな結果を目指しながら、現在の自分が操作できる単位まで問題を分解していることにある。
「コントロールできることに集中する」は古くからある
この考え方は、ストア哲学、とりわけエピクテトスの『エンキリディオン』冒頭の区別に近い。
エピクテトスは、自分の判断、欲求、選択、行為は自分の力の範囲にある一方、財産、評判、地位などは完全には自分の力の範囲にないと分けた。自分の行為ではないものを自分の所有物のように扱えば、人は妨げられ、動揺し、他者を非難するようになるという。
ただし、これは外部環境を諦めて受け入れろという単純な話ではない。変えられる問題を「仕方がない」と放置することも誤りであり、変えにくい問題を延々と直接解決しようとすることも誤りである。
ストレス対処の研究には、状況を変えられると認識した場合は問題解決型の対処を選び、変えにくい状況では感情の調整などへ切り替えるという「適合」の考え方がある。ただし、個別研究による支持は一貫しておらず、単純な処方箋にはできない。一方、2014年のメタ分析では、状況に応じて対処法を切り替えるコーピングの柔軟性と心理的適応の間に、小から中程度の正の関連が確認された。
必要なのは、何でも変えられると信じる精神力ではない。状況のコントロール可能性を見積もり、その見積もりに応じて対処法を切り替える能力である。
コントロールを三つの領域で捉える
実務では、「できるか、できないか」の二分法より、三つの領域で考える方が使いやすい。
- 直接コントロールできる領域:自分の準備、発言、判断、時間配分、練習、仕事の品質
- 影響は与えられるが、直接は決められない領域:他者との関係、チームの動き、顧客の判断、組織の制度
- 現時点ではほとんど影響できない領域:過去の出来事、天候、対戦相手の最終判断、他人の感情、偶然
二つ目の領域では、説明、交渉、信頼構築、情報提供によって結果の確率を変えられる。しかし、自分だけで結果を確定することはできない。
多くの苦悩は、この二つ目を一つ目と誤認することで生まれる。相手を説得するための準備や説明はコントロールできる。しかし、相手が最終的に納得するかどうかまでは支配できない。「影響できる」ことと「決められる」ことは違う。
将来のコントロール可能性には投資できる
現在コントロールできることに集中するだけでは、行動範囲は広がらない。長期的には、将来コントロールできる範囲を増やす働きかけも必要になる。
知識を増やせば、以前は運任せだった判断を自分で行えるようになる。技術を身につければ、再現できるプレーが増える。身体を整えれば、一定のパフォーマンスを発揮できる確率が高まる。データを集め、仕組みを作り、信頼関係を築けば、個人の努力だけでは動かなかった状況にも影響を与えられるようになる。
これは、心理学でいう「二次的コントロール」とは異なる。二次的コントロールは一般に、環境を自分に合わせて変えるのではなく、自分を環境に適応させる働きを指す。能力や環境を整えて将来の選択肢を増やす行為は、むしろ「制御可能性への投資」と呼ぶ方が正確だろう。
「コントロールできることをやる」とは、自分の小さな範囲に閉じこもることではない。現在の制御可能な地点から働きかけ、制御可能性そのものを拡張していく戦略である。
これは諦めではなく、コントロール可能性への投資である。
結果は無視せず、学習に使う
コントロール可能な行動だけを評価し、結果を見なくなれば、それも誤りになる。
よい準備をしたつもりでも、結果が継続的に出ないのであれば、準備の方法や前提が間違っている可能性がある。結果は直接支配する対象ではないが、自分の行動が有効だったかを検証するためのフィードバックになる。
望ましい循環は、次の三段階である。
- 結果を目標として定める
- 自分が操作できる行為に集中する
- 結果を観測し、行為や判断を更新する
一度の結果に一喜一憂するのではなく、複数回の結果から学ぶ。成功を自分の実力だけで説明せず、失敗を自分の責任だけにもせず、どの変数がどの程度影響したのかを分解する。
結果は操作対象ではなく、観測値である。そう捉えれば、結果への関心を失わずに、現在の行為へ注意を戻せる。
目標は大きく、管理する単位は小さく
人は、不確実性が大きいほど、結果を何とか支配しようとする。しかし、結果を直接動かそうとするほど、他者の評価や偶然に注意を奪われ、現在の行動の精度が下がる。
大谷の三つの発言が示すのは、結果への執着を捨てることではない。結果を生む因果関係のうち、自分が操作できる部分へ注意と努力を集中させることである。
勝敗は選べない。だが、勝つ確率を高める準備は選べる。
評価は選べない。だが、評価に値する仕事をすることは選べる。
未来は選べない。だが、未来の選択肢を増やす行動は選べる。
大きな目標を持ちながら、今日の自分を結果だけで裁かない。代わりに、自分が選択できたことを、どこまで高い精度で実行できたかを問う。
目標は大きく、管理する単位は小さく。結果を求めながら、結果には支配されない。
それが、不確実な環境で長期的に成果を出し続けるための、実践的な構えなのだと思う。
参考リンク
- Angels 2022 Trade Deadline possibilities(MLB.com、2022年7月27日) ↗
- Shohei Ohtani’s desire to win stronger than any Angels curse?(Los Angeles Times、2023年7月10日) ↗
- Shohei Ohtani wins 3rd AP Male Athlete of the Year award(AP News、2024年12月23日) ↗
- The performance and psychological effects of goal setting in sport: A systematic review and meta-analysis(Williamson et al.、2022年) ↗
- The Enchiridion, Chapter 1(Epictetus、MIT Internet Classics Archive) ↗
- The effects of coping on adjustment: Re-examining the goodness of fit model of coping effectiveness(Masel, Terry, and Gribble、1996年) ↗
- Coping flexibility and psychological adjustment to stressful life changes: A meta-analytic review(Cheng et al.、2014年) ↗
- Changing the World and Changing the Self: A Two-Process Model of Perceived Control(Rothbaum, Weisz, and Snyder、1982年) ↗