認知を横へ広げる力を、物語を縦へ積む力へ変える。
現在のSNS、とりわけTikTokのような短尺動画プラットフォームでは、「バズること」が成功の重要な指標になっている。アイドルやアーティストにとって、楽曲や動画が拡散されることは、それまで接点のなかった人に存在を知ってもらう強力な機会である。
ただし、そこで広がっているのは、必ずしも人や作品の全体ではない。
短いダンス、特徴的な動作、耳に残るフレーズ、切り抜きやすい場面。作品から分離できるパーツは、誰が作ったのか、どのような文脈で生まれたのかを知らなくても模倣できる。人々は元の作品を見たり聴いたりせず、その断片だけを再利用し、別の意味を与え、さらに拡散していく。
バズは作品を遠くへ運ぶ。しかし、遠くへ届くことと、深く理解されることは同じではない。
プラットフォームが運ぶのは個々の投稿である
TikTokは、For Youフィードの推薦について、ユーザーの「いいね」、シェア、コメント、フォローに加え、動画のキャプション、音源、ハッシュタグ、視聴完了などを判断材料にすると説明している。Stitchでは、他者の動画の一部を自分の動画へ組み込むこともできる。
TikTokが文化を浅くすることを意図しているとまでは言えない。ただし、推薦が評価する基本単位は、人物の歩みや作品群ではなく、個々の投稿である。研究者のDiana ZulliとDavid James Zulliも、TikTokの機能や利用規範が模倣と複製を促し、「imitation publics」と呼ぶネットワークを生むと論じている。
一つの投稿は短時間で理解でき、音源や動作は別の投稿へ移植できる。すると、文脈から切り離しやすく、反応しやすく、複製しやすい要素ほど、プラットフォーム上を移動しやすくなる。
人ではなく動きが知られ、作品ではなく一節が記憶される。この現象は例外ではなく、投稿単位で推薦し、再利用できる仕組みから自然に生じる。
認知の拡大と理解の深化は別の運動である
短い接触が大量に発生すれば、名前やフレーズを知る人は増える。だが、その人物が何を目指し、過去に何を作り、現在の表現がどこから続いているのかまでは伝わらないことがある。
認知の拡大と理解の深化が分かれている。
これは、薄い層が横へ広がりながら重なる、ミルフィーユのような状態である。接触回数は増え、認知の層も増える。それでも、一つひとつの層が薄いままなら、作品や人物への理解は深くならない。
もちろん、薄い接触に価値がないわけではない。TikTokがLuminateへ委託した2024年の音楽市場分析では、TikTok上の反応と音楽配信、楽曲保存、チャート入りとの強い関係が報告されている。調査の委託関係を踏まえて読む必要はあるものの、短尺動画が音楽発見の入口として機能し、プラットフォーム外の行動へつながり得ることは示されている。
問題は入口の広さではなく、入口の先に何があるかである。
入口が目的になると、表現は断片へ逆算される
どの振り付けなら真似されるか。どの言葉なら切り抜かれるか。冒頭の何秒で注意を引けるか。こうした判断は、作品を届けるための技術として使える。
しかし、それが活動を導く唯一の基準になると、順序が逆転する。「自分たちは何を表現したいのか」から伝え方を考えるのではなく、「次は何をバズらせるのか」から表現そのものを決めるようになる。
その場の反応は積み上がる。だが、流行に合わせるたびに判断基準が変われば、作品同士の連続性は生まれにくい。前の投稿が次の投稿に意味を与えず、それぞれが独立した施策として消費されるからである。
アルゴリズムは、その時点で反応される投稿を推薦する。一方、文化の厚みは、一度の反応ではなく、過去の表現が現在の表現へ意味を渡すことで生まれる。両者は異なる時間を動いている。
文化の厚みは、選択の連続から生まれる
横方向の拡散を縦方向の蓄積へつなぐには、二つの問いが必要になる。
一つは、「何を実現したいのか」である。
有名になること自体が目的なのか。誰かを楽しませたいのか。新しい表現を作りたいのか。特定の価値観や世界観を示したいのか。目的が定まらなければ、活動はその場の反応を得る施策へ分解される。目的があれば、バズを長期的な活動へ人を招く手段として位置づけられる。
もう一つは、「自分たちは何者なのか」である。
何を大切にし、何を選び、何を選ばないのか。過去の活動と現在の活動は、どうつながっているのか。他の誰かではなく、自分たちが表現する意味はどこにあるのか。
アイデンティティは、変化を禁じる固定設定でも、掲げるだけのキャッチコピーでもない。繰り返してきた選択と、その選択に意味を与える物語の蓄積である。この軸があれば、作風の異なる挑戦も一つの活動として統合できる。軸がなければ、流行が終わるたびに、前の活動とのつながりも失われる。
バズを「入口」から「導線」へ変える
バズと深さは対立しない。バズは認知を作り、深さは理解と支持を作る。役割が異なるだけである。
短いダンスから楽曲全体へ。楽曲から過去の作品へ。作品から本人の思想や物語へ。さらに、次の作品を待ち、ライブへ足を運び、他者と語り合う関係へ。断片の先に段階的な導線があれば、偶然の接触は継続的な関心へ変わる。
この導線は、プラットフォームが自動的に用意してくれるものではない。プロフィール、作品一覧、長いインタビュー、ライブ、コミュニティといった別の接点を組み合わせ、断片がどの全体に属するのかを示す必要がある。
受け取る側にも選択がある。流行している一節だけで判断を終えず、元の楽曲を聴き、過去の作品をたどる。短い接触の背後にいる人間へ関心を移す。その小さな移動が、再生回数を理解へ変える。
文化を残すのは、断片を物語へ戻す力である
現在のSNSは、文化を横へ広げる仕組みを高度に発達させた。だが、人や作品を深く理解し、長い時間の中で位置づける仕組みまでは保証しない。
だから、表現する側は、何を目指し、何を積み重ねるのかを自ら定義しなければならない。バズを追うか、深さを選ぶかという二者択一ではない。広がった断片を、自分たちの作品、選択、物語へ戻せるかが問われる。
バズは、人を目立たせることができる。
人や文化を長く残すのは、拡散の量だけではない。断片を一つの物語へ結び直し、その物語を次の表現によって更新し続ける力である。
参考リンク
- How TikTok recommends videos #ForYou | TikTok Newsroom ↗:For Youフィードの主な推薦シグナルと重みづけに関する公式説明
- Stitch | TikTok Help Center ↗:他者の動画の一部を自分の動画へ組み込む機能の公式説明
- Extending the Internet meme: Conceptualizing technological mimesis and imitation publics on the TikTok platform ↗:TikTokの設計が模倣と複製を促す仕組みを論じたDiana Zulli、David James Zulliの論文
- TikTok and Luminate release the latest Music Impact Report | TikTok Newsroom ↗:TikTokがLuminateへ委託した、2024年の音楽発見、配信、楽曲保存、チャートとの関連を扱う調査