塩崎彰久氏のnote ↗で、自民党デジタル社会推進本部・AI/web3小委員会による「AIホワイトペーパー2.0」が共有された。AIを業務効率化の道具にとどめず、国家・産業・行政の構造転換として捉えた文書である。

この問題設定には賛成だ。エージェントAIが、問いに答えるだけでなく目的に沿って作業を進めるようになれば、行政の業務、権限、責任の置き方まで変わる。日本の製造、医療、介護、物流、建設、行政に蓄積された現場知を、バーティカルAIやフィジカルAIの実装につなげる方針も理解できる。

日本が汎用基盤モデルのあらゆる性能競争で米国や中国に対抗するのは難しいだろう。モデルの性能だけでなく、社会へ実装する能力が競争を左右するという文書の認識は、その条件を踏まえた戦略として妥当だと思う。

それでも、「AI主権」という言葉には引っかかる。国家機能をAIに委ねていくなら、どの能力を国内に保持し、供給が途絶えたときに誰がどう運用を続けるのか。その具体性が、掲げる目標に追いついていないように感じる。

以下は、2026年4月の公開時点で同文書を読んだうえでの批判である。求めたいのはAIスタックの全面的な国産化ではなく、国家機能に関わる領域を国内で設計・評価・運用・代替できる能力の定義だ。

主権として保持する能力

文書は「ソブリンAI」から「AI主権」への転換を掲げ、半導体、計算資源、データ、電力といったAIの基盤を他国に握られない国をどう築くかと問う。そのうえで、必要な国内能力の育成に、同志国との分業、相互運用性、代替性の確保を組み合わせるとしている。「AIスタックの全領域で一律に国産化を目指すことは、現実的でも戦略的でもない」という説明だ。

現状認識としては理解できる。半導体からクラウド、基盤モデル、通信、セキュリティ、運用人材までを、一国で短期に揃えるのは難しい。国際分業を使うこと自体に異論はない。

ただし、全面的な自給が難しいことと、国内に何を保持するかを決めることは、別の問題である。食料、エネルギー、防衛、通信でも、完全自給ができないからこそ、最低限の国内能力、備蓄、代替手段、非常時運用、同盟国からの調達網を用意する。国家機能を続けるためだ。

AIでは、止まるのは計算処理だけとは限らない。行政、教育、金融、医療などにAIが入れば、どの情報を提示し、何を重要とみなし、どのリスクを高く見積もるかにも影響する。依存は計算資源だけでなく、認知と判断にまで及ぶ。そのため私は、AI主権を産業育成と同時に、国家が自らの判断能力を保持するための政策として考えたい。

全面国産化を避けた先で、何を決めるか

「すべてを国産化するのは非現実的だ」という説明だけでは、保持すべき能力を選べない。主権を政策にするには、少なくとも次の問いに答える必要がある。

  • 国家として、どのAI能力を国内に保持するのか。
  • どのデータを国内法域で管理し、どの業務を海外APIなしで続けるのか。
  • どのモデル評価基準を自国で定義し、どの領域で海外製AIの利用を制限するのか。
  • 非常時に何日以内に、どの水準のサービスへ切り替えるのか。

平時に海外製AIを使うとしても、価格や規約が変わり、輸出規制や供給停止が起きたとき、国家機能を継続できなければならない。自国の法制度、安全基準、運用責任の下で動かせる代替手段が要る。

「戦略的自律性」と呼ぶなら、その切替能力を示してほしい。国内能力が定義されないまま依存先だけを分散しても、依存を管理していることと、自律して運用できることの違いは残る。

文書が示した対策と、残る実装責任

ホワイトペーパーも、依存リスクを認識している。バーティカルAIの競争力はモデル性能だけで決まらず、領域固有のデータ、現場知識、業務フロー、ルールを集め、構造化し、AIが使える形へ変換する能力に依存すると指摘する。データを統合するミドルウェアで少数の海外企業による寡占が形成されつつあるとして、国産代替の開発を急務とする点も、その認識に沿っている。

この方針を進めるなら、ミドルウェアの先も決める必要がある。行政、重要インフラ、防衛、医療、金融、教育では、モデルやデータに加えて、評価、運用、監査、調達、責任分界まで国内で統制できる構造が求められる。

文書は「政府自身がAIの利用者から制度設計者へと立ち位置を変えなければならない」とし、ガバメントAIからガバメントAXへの転換を提案している。AIが恒常的に動くことを前提に、業務、データ基盤、調達、人材配置、権限、制度を組み替えるという方向には納得する。

だが、それを実行する段階では選択が避けられない。どの行政業務から始めるのか。調達に国内運用、ログ保持、監査可能性、モデル移植性、停止時の代替策をどこまで求めるのか。行政データにはどの標準スキーマを使い、海外モデルへ入力してはいけないデータをどう定めるのか。

国産モデルの性能が海外モデルに劣る場合もあるだろう。それでも国内基盤を選ぶ領域と、許容する性能差を決める必要がある。その判断を担う人材、財源、工程表、KPIまで揃って、政府は実装の責任を負える。構想への賛成だけでは、ここを埋められない。

労働移行を誰が引き受けるか

実装責任の曖昧さは、人材政策でも気になる。文書は、失業、転職、賃金変動、地域間格差などの移行コストを認め、リスキリング、セーフティネット、公正な移行の制度設計を求めている。

ただ、実際の支援が学び直しに偏れば、国と企業が進める構造転換に、個人が自力で適応する形になりかねない。AIによる労働移行を、学習機会の提供だけで吸収できるとは思えない。

失業・転職中の所得補償、職種転換時の賃金補填、企業の再配置責任、地域ごとの雇用影響予測も必要になる。AI導入の便益を得る側と、移行費用を負担する側が異なる以上、その負担をどう分けるかまで制度として決めるべきだ。社会構造を変える政策であるなら、個人の努力だけを実装の最後の頼みにするわけにはいかない。

国際連携の前提と、六つの実装方針

国内能力を持つことは、国際連携の交渉条件にもなる。半導体の供給網を一国で完結させることは難しく、同志国との協力、標準化、相互運用性は要る。だからこそ、自国で設計・評価・運用・代替できる能力を持ち、どこを他国と分担するかを選びたい。

そのために、私は次の六つを政策として具体化する必要があると考える。

  1. 重要領域の国内運用要件を定める。 政府、防衛、重要インフラ、医療、金融、教育の重要データと重要判断を、国内法域の下で管理・監査・停止・代替できる状態に置く。すべての利用を国内製に限定することとは区別する。
  2. 調達時に、将来の切替能力を確保する。 移植性、ログ保持、監査可能性、データ所在、モデル切替、非常時代替計画を要件にする。便利さだけで契約を選ぶと、その後の行政機能が特定の供給者に依存する。
  3. 国産モデルを、国家機能への適合性でも評価する。 最先端性能に加え、国内運用、日本語・日本法・行政実務への適合、安全性、説明可能性、監査可能性を見る。世界一の性能でなくても、保持する理由のあるモデルは存在する。
  4. 日本の制度と現場に即した評価基準を整備する。 日本語、日本法、行政、産業、防衛、医療、教育のベンチマークを用意し、海外の一般的な性能指標だけに判断を委ねない。
  5. 公共・産業データをAIが使える形にする。 現場知を強みとするなら、データ化、標準化、権利処理を進め、国内のAI産業が利用できる条件を整える。
  6. 雇用移行の制度を、学習支援の先まで設計する。 所得補償、職種転換、企業責任、地域雇用政策を組み合わせ、導入の負担を個人に押し戻さない。

ホワイトペーパーの方向を実現するには、こうした選択を曖昧にしないことが必要だ。「主権」と言いながら、実際にシステムが止まったときの責任者も代替手段も決まっていないなら、その言葉は行政を動かしてくれない。

全面的な国産化が難しいからこそ、国内に残す能力を決める。海外APIが使えなくなった日に、どの業務を、誰が、どの基盤で続けるのか。AI主権という目標を、そこまで具体的な責任にしてほしい。